上尾道路工事で伐採されてしまった樹齢数百年のエドヒガンの桜の木

署名運動などが展開されましたが、伐採されてしまいました。この経緯を以下に抜粋紹介し、私たちの生活環境はどうあるべきなのか?考えるヒントになればと思います。

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【上尾道路(江川地区)環境保全対策検討会議環境保護団体委員 希少動植物を守る会】の広報からの抜粋

数百年を経た『エドヒガン』が4月中にも上尾道路の工事により、切られようとしています。

『エドヒガン』は日本に古くからある在来種の桜で、寿命も長く大木となる樹木です。埼玉県内でも大木は非常に少なくなっており、この木も直径約100センチを超える巨木です。北本市の天然記念物として大切に保護されている「エドヒガンザクラ」(標準和名:エドヒガン)に比較しても、優るとも劣らない大きさであり、株立ちからすると、むしろ優れているといえます。

私は上尾道路ルート周辺に生活し、長年、近くにそびえる『エドヒガン』を見て育ちました。その雄大かつ高貴な姿に、癒されるとともに、自然は人の手では作り出すことのできない人類と地球の宝であることを教えられてきました。

この誇るべき大木を、私たちの時代に絶やすことの無いよう、何度となく大宮国道事務所に保護の要望をしてきました。この屋敷森を残した形でS字の道路形状にすることも可能と聞き、『エドヒガン』は保護されるものと喜んでいました。

実際に、工事が進む中でも『エドヒガン』周辺は島状に残されていました。ところが、急きょ4月中に伐採されるという話を聞き、驚愕しています。私たちは急ぎ大宮国道事務所に保護をお願いに行きました。「絶滅危惧種や天然記念物に指定されていないので伐採は法律的には問題ない」という返答でした。

開通を急ぐあまりの、直線道路への変更による伐採との話も聞きました。

国土交通省は「生物多様性国家戦略」の閣議決定に参加し、埼玉県も「生物多様性地域戦略」を策定し、「大木の森を守り、育てましょう」とあります。上尾道路は「自然と共生する道路」として位置づけられています。

樹木は数百年の歳月を経て育ちますが、木を伐るのはわずかな時間です。林床を覆う表土に含まれる微生物も含め、森は人工の建造物とは異なり、人が作ろうと思って作れるものではありません。メダカでさえ絶滅危惧種になっている時代です。

伐採することにより、未来の子どもたちの自然財産を失うことになります。

せめてこの数百年を経た『エドヒガンとその周辺の植物』だけでも保護し、子どもたちに見てもらいたいのです。

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最後まで道路建設を早急にしようとする人と、子孫に少しでも自然を残したいという人たちは平行線でした。

自らが決めた生物多様性国家戦略は国にとって絵に描いた餅のようです。数年前コンクリートから人へというスローガンを聞いたときは期待しました。しかし、相変わらずコンクリート中心の世の中のようです。

子孫の取り分を今の時代で浪費することを何とも思わないようです。口あたりの良い言葉で、安全第一といいながら、道路もそのほかの公共工事も続けられています。

私たち国民にも多くの問題がありました。自分たちの生活の基盤をしっかり見直すことが必要だと思うのですが、なぜか目をそらせているように思える時があります。
生きものは自分ひとりで生きることはできないのです。自然との共生で生きることができるのです。当たり前のことです。

しかし、私も便利さに向かいがちです。自然保護活動していて私が根底に置いていることは、子孫の取り分をできるだけ多く残すことです。子どもたちに自然の楽しさも味わってほしいということです。

今回のエドヒガンを残すやり方には、多くの選択肢があったと思います。

4月30日までに切られると聞き、慌てて大宮国道事務所や埼玉県などに要望書を提出したり、地権者にお願いしたりしました。

埼玉県は「大宮国道に皆さんの要望を伝えました。県がどうしろということはできません」
大宮国道事務所は「地権者がすることで私たちは何も言えない」
地権者は「国に話してほしい」ということでらちがあきませんでした。

素直に考えるならば、この道路は国道です。国がどうにかできると思ったのですが、私たちは振り回されただけでした。返すがえすも悔しいばかりです。

でも、この活動でうれしかったことは、多くの人が署名してくださったことです。ここまで皆さんが賛同して下さるとは思ってもいませんでした。自然を少しでも多く将来世代に手渡すこと、同じ思いを持っている方がたくさんいたということが実感できました。

この活動はこれからの上尾道路の延伸工事を始め、多くの自然破壊を伴う工事や開発に歯止めになるのではと確信しています。地球温暖化は叫ばれて久しくなります。多くの環境問題は解決からは程遠い状態です。

手遅れになる前に国民も行政も共に手を携える時ではないでしょうか。