地方公務員法23条の職階制が廃止され、人事評価で対応することに!

地方公務員法改定案は、平成26年4月25日、参議院本会議において、「自由民主党」、「公明党」、「みんなの党」、「日本維新の会」、「結いの党」、「生活の党」の賛成多数で可決し、成立しました。平成26年5月14日に公布され、2年以内に実施することになったのです。

「職階制」は、地方公務員においては、同一の内容の雇用条件を有する同一の職級に属する職について、同一の資格要件を必要とするとともに、かつ、当該職に就いている者に対しては、同一の幅の俸給が支給されるように定められた制度。職は、その職階により分類整理を行わなければならないとされる。

地方公務員については、人事委員会を置く地方公共団体において職階制を採用するものとされ、職階制に関する計画は条例で定め、その計画の実施に関し必要な事項は、その条例に基づき人事委員会規則で定める(地方公務員法第23条第1項 – 第3項)とされていた。
これが廃止され、人事評価が賃金、昇任にかかわること(成果主義賃金制度)に変更されたのです。

「成果主義賃金制度」導入で、「地方公務員」も「県民」も、幸せになれるのか?そこのところを考えてみたいと思いました。

実績・能力を評価し(人事評価)、その結果を賃金・昇任に反映すると聞いて、これは、職員を「自己責任論」にからめとるためではないかと直感しました。そこで、「自己責任論」に関する本を探し、学習の友社が出版する「自己責任論をのりこえる」(連帯と社会的責任の哲学)吉崎祥司著[本体価格1,600円]を見つけたので、読み始めました。

その概要を抜粋し、紹介したいと思います。

「はじめに」の部分で、現在の自己責任論は、「自分で決めたことには自分が責任をとる」といった通俗的な理解とはちがって、明白な政治的意図をもった「政策言語」(イデオロギー)ですと言い切っています。

著者は、「自己責任論」を7つの特徴に分けて分析しています。その7つの特徴とは?

【1】 「自己責任論」の第一の特徴は、「社会的責任」と「個人的責任」を意図的に混同したうえで、「社会的責任」を否定する、あるいは相対化するところにあります。(相対化:価値は双方の関係性において決定される)

【2】 さらに、社会的責任の否定にとどまらず、社会的な問題をすべて「個人」のうちに押し込め、個人的な解決を迫るところに、「自己責任論」の第二の特徴があります。

【3】 そして、第三に、個人が抱える困難は、誰のせいでもなく、当の本人の努力や能力の不足によるもので、その事実を受け入れよと強く迫る、という特徴をもっています。一生懸命努力しても報われない場合は、そもそも「能力」が不足しているからだ、と個々人の「能力」の有無・高低をあげつらいます。(あげつらう:論じる)

【4】 こうして、本質的に「社会問題」であるにもかかわらず、社会的責任に蓋をして、問題をもっぱら個人的なものに還元し、しかも困難の最終的な原因を個人の能力に求めることで、「責任」を自認させ、抗議の意思を封じる、というところに「自己責任論」の第四の特徴があります。

【5】 そうした「自己責任論」が流布しやすい理由の一つに、「一人前」の人間は、他人に頼らず自立すべきもの・自ら助けるべきもの、という「自立・自助」の世間的常識があります。誰にも頼らずにちゃんと生活をたてていけないような人間は一人前ではない、といった「自立」観を前提としているところに、「自己責任論」の第五の特徴があります。

【6】 そしてまた、何にせよ、自分で決定し、選択したことの結果について自分で責任をとるのは当然であり、ある人がおかれた状況・境遇は、そうした決定・選択の結果なのだから「自己責任」であるという一見もっともらしい理屈のもとで、「自己決定=自己責任」が説かれます。「自己責任論」の第六の特徴です。

【7】 さらに、それらの結果として、「自己責任論」は、人々の間に、多重的な分断をもたらし、個人を孤立化させるにとどまらず、たがいを敵視するように仕向けます

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目標を自分で決めさせ、その達成度を評価する。評価が低いのは、組織(県庁)の問題ではない、個人の努力不足、自己責任だと思い込ませる。そんなことが、公務員に向けて行われることになる。県民に対しても、こんなことは、自分でやるべきことだと、自己責任論を振りかざすようになるのではないか。そうならないよう、県民の声に耳をかたむける県政を進めてもらいたいものです。